昭和から平成初期にかけて「羊肉=臭くて硬い」という先入観を持った人は少なくありません。しかし、その原因の大半は品種そのものにあるのではなく、「過去の冷蔵・冷凍流通技術の未熟さ」と「脂質の酸化」にありました。
羊肉特有のフレーバーの源泉は、牧草(グラス)に含まれるクロロフィルが胃の中で分解されて生成される「フィトール」という成分や、脂質に含まれる「分岐脂肪酸(BCFA)」です。羊は反芻動物であるため、成長とともにこの脂肪酸が皮下脂肪や筋間脂肪に蓄積されます。これがマトン特有の香りの主成分です。
適切な温度管理がなされていない古い冷凍肉は、解凍時にドリップとともに脂質が酸化し、揮発性の不快臭へと変化していました。現在ではコールドチェーン(低温物流網)の進化やチルド空輸の普及により、新鮮な状態で日本に届くため、嫌な臭みはほぼ完全に払拭されています。
家庭でマトン肉を美味しく調理する際のポイントは、「余分な黄色い脂身を取り除くこと」と「酸・ハーブ・スパイスの活用」です。
- 脂身のトリミング:香りの9割以上は脂に集中しているため、赤身周囲の分厚い脂を包丁で削ぎ落とすだけでクセは半減します。
- 酸によるマリネ:ヨーグルト、赤ワイン、レモン汁、すりおろし玉ねぎに30分〜半日漬け込むことで、タンパク質分解酵素が肉を柔らかくし、臭みの元をマスキングします。
- スパイスの共鳴:クミン、コリアンダー、カルダモン、ローズマリーなどの精油成分は、羊肉の分岐脂肪酸と結びつき、不快臭を極上の「食欲をそそるアロマ」へと昇華させます。