政権内部の構造的欠陥に加え、歴史的な外的ショックが民主党政権の息の根を止めました。
東日本大震災の対応において、菅内閣は昼夜を問わず奔走したものの、「官邸への情報集中」を過度に志向したことが裏目に出ました。首相による福島第一原発へのヘリコプター視察や現場への直接指示について、「専門家を差し置いたスタンドプレー」「現場に余計な混乱をもたらした」として国会事故調査委員会などから厳しく指弾。菅首相と原子力安全・保安院、東電幹部との不協和音は、国民に「危機に脆弱な政権」という印象を決定づけました。
同時に、日本経済を襲った過酷な金融環境が国民生活を直撃します。2008年のリーマン・ショック、そして2010年以降の欧州債務危機により、国際金融市場では「消去法的な安全資産」として円が猛烈に買われました。2011年10月には1ドル=75円32銭という戦後最高値の超円高を記録。日経平均株価は8,000円台前半に沈み、デフレの泥沼から抜け出せなくなりました。
日銀への適切な金融緩和圧力や機動的な為替介入に後れを取り、日本の製造業は国内市場での拠点を維持できず、工場やサプライチェーンの海外移転が加速。「産業の空洞化」と雇用環境の悪化が地方経済を直撃し、「民主党に経済運営は任せられない」という経済界・有権者の不信が決定的となったのです。