日本語教育の現場において、日本語の日付の読み方は学習初期における最大の難所として知られる。日常会話で多用される基本的な語彙でありながら、国際標準的な数の数え方から著しく逸脱しているためだ。多くの言語では「日」を表す単語に数字を添えるだけの規則的な構造を採用しているのに対し、日本語は1日(ついたち)から10日(とおか)まで、基数詞(1、2、3……)とは異なる特殊な音韻変化を連続して要求する。
この特殊な日付の読み方の真相を紐解く鍵は、日本古代の言葉である「大和言葉(和語)」と、後から流入した「漢語」の衝突と融合にある。本来、古代日本の暦における日付の数え方は「ひとつ、ふたつ、みっつ」という大和言葉の数詞に、日を表す接尾辞「ひ(か)」を結びつける方式をとっていた。例えば「ふつ+ひ」が促音・濁音化して「ふつか(二日)」となり、「みつ+ひ」が「みっか(三日)」へと転じた。数字の羅列ではなく、一日一日の太陽の運行を固有の音で捉えていた古代の言語感覚が、1日から10日の呼称として現代にそのまま化石のように残存したのである。
とりわけ学習者を驚かせるのがついたちの由来と理由だ。「一日」をなぜ「ついたち」と読むのかという疑問に対し、公的な国語資料や言語学の定説は明確な解を示している。かつて日本が採用していた太陰太陽暦(旧暦)において、月の初日は新月、すなわち「月が空に現れ始める日」を意味した。この「月立ち(つきたち)」という言葉の音韻が次第に縮まり、「ついたち」へと変化した。文字としては漢語表記の「一日」を当てながら、発音としては大和言葉の「つきたち」を踏襲した結果、現代の「一日=ついたち」という極めて特異な熟字訓が固定化したのである。