徳川慶喜に関して、検索ユーザーがよく抱く細かな疑問について一問一答形式で解説します。
Q1:徳川慶喜は結局、何代目の将軍だったのですか?在職期間は?
A1:江戸幕府の第15代征夷大将軍です。在職期間は慶応2年12月5日(1867年1月10日)から慶応3年12月9日(1868年1月3日)までの約1年間(359日間)でした。江戸幕府最後の将軍であり、日本の歴史上最後の征夷大将軍でもあります。
Q2:水戸藩の出身なのに、なぜ徳川宗家の将軍になれたのですか?
A2:水戸徳川家は将軍を出せない家柄でしたが、慶喜の聡明さを見込んだ第12代将軍・徳川家慶の計らいで、将軍継承権を持つ御三卿の一つ「一橋家」へ養子に入ったためです。その後、第14代将軍・徳川家茂が21歳で急逝した際、幕府の危機を救える唯一の有力候補として推挙されました。
Q3:大政奉還をした後、慶喜は処刑されたり投獄されたりしなかったのですか?
A3:処刑も投獄もされていません。戊辰戦争の最中は水戸や駿府で謹慎生活を送りましたが、明治2年(1869年)に謹慎を解除されました。明治新政府に対して一切の敵対行動を取らず、政治から完全に退いたため、明治35年(1902年)には最高位である公爵に叙され、大正2年(1913年)に76歳で天寿を全うしました。
Q4:徳川慶喜の子孫は2026年現在も続いているのですか?
A4:慶喜自身の直系血統は続いていますが、家制度としての「徳川慶喜家」は節目を迎えています。4代目当主の徳川慶朝氏が2017年に急逝された後、遺言により玄孫である山岸美喜さんが5代目当主に就任し、所蔵資料の寄贈や墓じまいを進める「家じまい」の対応を行っていることが報じられています。