泉谷しげる氏が足を引きずるようになった決定的な理由は、今から約70年以上前、3歳の時に罹患した「小児麻痺(急性灰白髄炎・ポリオ)」にあります。
泉谷氏は1948年、青森県に生まれ、幼少期に東京都目黒区へ移住しました。戦後間もない1950年代前半の日本は、ポリオワクチンの全国的な一斉投与(1961年の生ワクチン緊急導入など)が始まる前であり、乳幼児の間でポリオの局所的な流行が頻発していました。ポリオウイルスは脊髄の灰白質にある運動神経細胞を攻撃し、感染者の脚や腕に不可逆的な弛緩性麻痺を残す恐ろしい感染症です。
泉谷氏自身、過去の手記や自著、また特番インタビューにおいて、幼少期に突如高熱に襲われ、気づいたときには左足が動かなくなっていた当時の壮絶な記憶を赤裸々に語っています。母親に背負われて病院を転々とし、激痛を伴うリハビリや鍼治療などを受けましたが、一度失われた運動神経は完全には戻らず、左足の筋肉が萎縮し細くなるという後遺症が残ることとなりました。
当時の下町において、身体に麻痺を抱える子どもが受ける視線は決して優しいものばかりではありませんでした。「引きずり足」とからかわれた経験や、激しい劣等感に苛まれた日々が、やがて反骨心という強固な精神的鎧となり、後のロックシンガー・泉谷しげるを形成する決定的な原動力となったと本人は述懐しています。