金井沢碑(読み方:かないざわひ)の表面には、縦9行・全112文字の漢字が刻まれています。自然の輝石安山岩の平らな面に薬研彫り(断面がV字形になる彫り方)で刻まれた文字群は、奈良時代前期の息遣いを鮮明に伝えています。
まずは、残された古代石碑の碑文とその現代語訳を確認してみましょう。
【原文】
神亀三年丙寅十一月廿九日
記取豪族三家子虫
親等名父母
妻子名次祖父
久我等名並大
姉三毛等名並自
児加美刀等名並
共誓願結知識
作此碑石惣九人也
【現代語訳】
「神亀3年(726年)11月29日、豪族である三家子虫(みやけのこむし)が、親族らの名を書き記す。父母の名、妻と子の名、次に祖父の久我(くが)らの名、大姉(伯母または姉)の三毛(みけ)らの名、自分の子供である加美刀(かみと)らの名である。これら全員で心を合わせて仏の教え(誓願)を信じ、『知識(仏教的な互助・結社集団)』を結び、この石碑を建立した。合計9人である。」
この碑文の核心は、単なる権力誇示ではなく、仏教を通じた一族の精神的結束と祖先供養にあります。仏教用語である「知識(ちしき)」とは、仏道修行や寺院・仏像の建立などの善行を共に行う信徒集団を指します。地方の有力豪族が家族や親族を単位として信仰共同体を組織し、その証拠を不滅の石に刻みつけたという点に、この碑の際立った特異性があります。