ユースからトップチームへの昇格は叶わなかったものの、竹内の才能を評価した立正大学へサッカー推薦での進学を果たします。大学サッカーの舞台で再びプロ入りを目指し、厳しいトレーニングに励んでいました。
しかし、大学2年生のときに大きな転機が訪れます。最大の要因となったのが度重なる重度の怪我でした。足首の靭帯損傷や半月板の故障など、相次ぐアクシデントによって長期離脱を余儀なくされ、思い描くようなプレーができなくなっていきます。
さらに大きかったのがメンタル面の葛藤です。リハビリを続けながら自分自身と向き合う中で、「自分はプロになれたとしても、日本代表になって世界で戦うレベルには届かない」という冷徹な現実に直面します。同期のライバルたちがプロの舞台で躍動する姿を見るにつけ、竹内は16年間のサッカー人生に自らピリオドを打つ決断を下しました。怪我だけでなく、己の限界を冷徹に見極めた末のプロ断念でした。