「花巻そば」と耳にすると、宮沢賢治の故郷であり、わんこそばの名所としても知られる岩手県花巻市を連想する読者が後を絶ちません。実際、旅行情報誌やネットの質問サイトでも「岩手県のご当地蕎麦を東京で探している」という混同が頻繁に見受けられます。
しかし、食文化史の文献や江戸の風俗資料を調査すると、花巻そばと岩手県花巻市の間に直接的な地縁関係は存在しません。花巻そばは、江戸時代の江戸市中で誕生した生粋の江戸前蕎麦です。
岩手県花巻市にも独自の蕎麦文化(名物わんこそばや、宮沢賢治が愛した老舗「やぶ屋」の天ぷらそばなど)が息づいていますが、蕎麦用語としての「花巻」は、かけそばの上に上質なもみ海苔(焼き海苔)を一面に敷き詰め、わさびを添えた種ものを指します。東北の豊かな大地ではなく、江戸前の海が育んだ海苔の文化と密接に結びついた一杯です。