「東京で使う電気は東京で発電すべきだ」という主張は、倫理的にも経済合理性の観点からも、一見すると極めて筋が通っているように思えます。発電所と消費地が近ければ、新潟県の柏崎刈羽原子力発電所などから数百キロに及ぶ東京電力 送電網を介して電気を送る際に生じる送電ロス(通常約3〜5%)を防ぐことができ、送電鉄塔や変電所の大規模なメンテナンスコストも大幅に削減できるからです。
この痛切な論理が広く知られるきっかけとなったのが、1980年代にベストセラーとなった広瀬隆 東京に原発を(集英社文庫)です。技術者出身の作家である広瀬氏は、著書の中で「原発推進派が主張するように原発が絶対安全であるならば、送電ロスがなく、送電線事故のリスクもない東京湾岸の埋立地や皇居の隣に建設するのが最も合理的ではないか」と強烈な皮肉を突きつけました。安全性を声高に叫びながらも、決して自分たちの足元には造ろうとしない政治家や電力会社、そして大消費地に住む人々の欺瞞を喝破したのです。
しかし、感情論やレトリックを抜きにして工学・地質学・法制度を丹念に精査すると、東京に原発を造らない理由には、都市計画や自然環境に根ざした「どうしても超えられない物理的限界」が存在します。「安全だから危険だから」という二元論の前に、そもそも東京には原子力プラントを成立させる工学的条件が致命的に欠落しているのです。