『旅立ちの時』歌詞の意味と誕生秘話|久石譲の名曲をパート別に徹底解説

『旅立ちの時』歌詞の意味と誕生秘話|久石譲の名曲をパート別に徹底解説

『旅立ちの時』歌詞の意味と誕生秘話|久石譲の名曲をパート別に徹底解説にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

『旅立ちの時〜Asian Dream Song〜』のルーツは、1998年に開催された長野パラリンピック冬季競技大会のテーマ曲に遡ります。世界中から集うパラアスリートたちの不屈の精神と、アジアから世界へ発信する平和のメッセージを託された久石譲が、まずインストゥルメンタル楽曲『Asian Dream Song』を書き下ろしました。

当時、久石譲はこの楽曲に東洋的な情緒とシンフォニックな壮大さを融合させ、哀愁を帯びながらも無限の広がりを感じさせるメロディラインを構築しました。その後、大会の開会式で歌唱するための公式テーマソングとして、当時「叫ぶ詩人の会」のリーダーとして若者から絶大な支持を集めていたドリアン助川(現・明川哲也)に作詞が依頼されます。

ドリアン助川は、過酷な障がいや困難に立ち向かい、氷雪の舞台へと挑む選手たちの姿に深く胸を打たれ、言葉を紡ぎ出しました。単なるスポーツの応援歌ではなく、「生きることの痛みを受け入れ、なおも光に向かって歩み出す魂の旅立ち」を描いた歌詞は、シンガーソングライターの宮沢和史(THE BOOM)による圧倒的な歌唱とともに世界へ響き渡りました。

大会閉幕後、この崇高なメッセージと美しい旋律は音楽科教員や合唱指導者の間で強い注目を集め、富澤裕ら優れた編曲者の手によって混声三部合唱・同声二部合唱へと展開。2000年代以降、全国の教育現場で「卒業式で最も歌いたい曲」の一つとして定着していきました。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。