物語が終盤に向かうにつれ、日本語の五十音はほぼ枯渇し、残された文字は数えるほどになります。一般的な日本語文を組み立てることすら不可能な状態の中、佐治の肉体や周囲の風景も輪郭を失い、白濁した虚無の空間へと呑み込まれていきます。
そして迎える最終盤、世界に最後まで残された文字は「せ」でした。
すべての母音や主要な子音が消え失せ、残ったわずかな文字だけで紡がれる最終章。思考すら言語化できなくなった佐治は、残された「せ」の音を反芻しながら、自身の意識そのものの終焉を迎えます。最後の1行が閉じられた瞬間、読者は小説という虚構の世界が完全に消滅する現場を目撃することになるのです。
言葉が世界を構築している以上、言葉の終わりは世界の終末にほかなりません。この鮮烈なラストシーンは、メタフィクションとしての完成度において日本文学屈指の衝撃を残しています。