ネット上の掲示板やSNSでは、「コロナ禍のエピソードを詳しく語るほど感動的になる」という言説が見受けられます。しかし、これは現場の教育関係者や保護者の受け止め方において重大な誤解を含んでいます。
最大の落とし穴は、当時の行政対応への不満や、園の行事判断に対する批判的なニュアンスが意図せず混入してしまう点です。「あれもこれも中止になり本当に悔しかった」「もっと早く再開してほしかった」といった個人的な無念さを過度に強調すると、式典の場が重苦しい空気に包まれ、先生方へ不要な気まずさを抱かせてしまいます。
卒園式の謝辞におけるコロナ禍の扱いは、「背景」や「対比のスパイス」として機能させるのが鉄則です。「制限があった事実」を短く提示した上で、それに対して「子どもたちがいかに健気に適応したか」「先生方がいかに情熱を注いでくれたか」というポジティブな克服ストーリーに焦点を当てることが、真の共感と涙を生み出す決定的な境界線となります。