Q1:三島由紀夫の首は最終的にどうなったのですか?
A1:司法解剖が行われた後、法医学者によって首と胴体は綺麗に縫合・復元されました。その後、遺族に引き渡されて密葬が執り行われ、東京都府中市の多磨霊園にある平岡家の墓所に埋葬されています。
Q2:介錯を務めた「楯の会」の学生たちはその後どうなりましたか?
A2:生き残った小賀正義、小川正洋、古賀浩靖の3名は、嘱託殺人罪などで起訴され、1972年に懲役4年の実刑判決を受けました。満期出獄後はそれぞれ一般社会へ戻り、自らの人生を歩んでいます。
Q3:なぜ首を切り落とす「介錯」が必要だったのですか?
A3:日本の伝統的な切腹の作法において、切腹自体は致命傷に至るまで激しい苦痛を伴い時間を要するため、苦痛を長引かせず武士の尊厳を保つために熟練者が即座に首を落とす「介錯」が必須とされていました。三島はこの伝統様式を厳格に再現することにこだわりました。