死亡事故というセンセーショナルな噂が虚構であるならば、一体なぜあれほど賑わっていた遊園地が閉園し、解体に至ったのでしょうか。その真相は、極めて現実的な産業構造の変化と経営環境の悪化にあります。
閉園を迎えた1999年(平成11年)当時、日本経済はバブル崩壊後の深刻なデフレ不況に沈んでいました。少子高齢化の進行によって主たるターゲット層である子ども世代の人口が減少したことに加え、東北新幹線や高速道路網の発達によって、都市部の大規模テーマパーク(東京ディズニーランド等)へのアクセスが飛躍的に向上。地方の旧式遊園地は急速に競争力を失っていきました。
さらに決定打となったのが、屋外大型遊具の老朽化と莫大な維持改修コストです。ジェットコースターや観覧車などの大型遊具は、建築基準法に基づく厳格な定期検査と大規模な修繕が義務付けられており、数千万円から億円単位の安全対策投資が定期的に発生します。客単価と来園者数が右肩下がりを続ける中、巨額の設備投資を回収する見込みが立たなくなり、運営企業はこれ以上の営業継続を断念。苦渋の決断として完全閉園を選択したのです。
閉園後は管財処理や跡地活用の目処が立たず、数年間にわたり放置されたことで全国区の廃墟として知られることになりましたが、防犯上の危険性や不法侵入問題を受け、2006年から2007年にかけてすべての遊具と施設が重機によって完全に解体されました。