兵庫県警察によって少年Aが逮捕されたその瞬間から、家族の日常は完全に消滅した。自宅には無数の報道陣が押し寄せ、近隣住民の抗議や嫌がらせが殺到。一家は着の身着のままで逃避行を余儀なくされた。
父親は職を失い、幼い弟たちも学校に通えなくなるという過酷な現実。潜伏先を転々としながら、身元が露見する恐怖に怯える日々が続いた。世間からの猛烈なバッシングの嵐の中、母親は自らの罪と向き合うため、手記の執筆を決意する。
1999年に文藝春秋から刊行された手記『「少年A」この子を生んで……』には、息子が犯した取り返しのつかない罪に対する絶望と、母親としての底知れぬ後悔が赤裸々に綴られていた。育て方のどこに誤りがあったのか。家庭内での予兆を見逃していたのか。手記に記された母の慟哭は、社会に大きな衝撃を与えると同時に、家族という共同体が内側から崩壊していくプロセスを生々しく証言していた。