「やきとり弁当」という名称を掲げながら、重箱風の容器に敷き詰められた海苔ご飯の上に鎮座しているのは、香ばしく焼き上げられたジューシーな豚バラ肉(豚精肉)です。この一見矛盾するネーミングの背景には、北海道・道南エリア特有の歴史的風土と、偶然が生んだ劇的な誕生ストーリーが存在します。
時計の針を1978年(昭和53年)のある夜へと巻き戻します。当時、ハセガワストア中道店の店頭に立っていた創業者・長谷川文夫氏のもとに、酒に酔った一人の常連客が来店しました。「おい、何か弁当はないのか」と尋ねられたものの、すでに店内の弁当類は完売。しかし長谷川氏は客を無下に断ることをせず、店内にあったご飯を丼によそい、海苔を敷き、その場で惣菜用に販売していた豚精肉の焼き串を乗せて手渡しました。機転から生まれたこの即興の一杯こそが、やきとり弁当の原点です。この素朴で温かい味わいが瞬く間に口コミで広がり、正式な看板商品としてラインナップされるに至りました。
では、そもそもなぜ函館では豚肉を「やきとり」と呼ぶのでしょうか。食文化の研究者や地域史の記録を紐解くと、北海道の開拓期から昭和初期にかけての社会構造が浮き彫りになります。函館をはじめとする道南や室蘭などの港町・工業地帯では、厳寒の海や造船所、鉱山で働く肉体労働者が多く、安価で良質なタンパク質と、疲労回復に不可欠なビタミンB1を大量に含む豚肉が重宝されました。当時、鶏肉よりも豚肉のほうが安く手に入りやすかった北海道の流通事情も手伝い、「串に刺してタレや塩で焼いた肉料理全般」を総称して「やきとり」と呼ぶ言語習慣が定着したのです。現在でも道南の精肉店や大衆酒場において「やきとり」を注文すれば、疑いようもなく豚精肉の串が提供されます。