1981年10月7日にリリースされた『風立ちぬ』は、松田聖子のキャリアにおいて決定的なターニングポイントとなりました。前作『白いパラソル』で初めて松本隆が作詞を担当し、本作から本格的にプロデューサー的立ち位置で松田聖子の世界観を再構築。その松本が作曲・編曲のパートナーとして指名したのが、同年に歴史的名盤『A LONG VACATION』を大ヒットさせていた大滝詠一でした。
当時の制作現場を知る音楽ディレクターや関係者の証言によると、大滝詠一へのオファーは当初、困難を極めたと伝えられています。歌謡界のトップアイドルと、独自の音響美学「ナイアガラ・サウンド」を徹底追究する孤高のアーティスト。水と油にも見えた両者を引き合わせた松本隆の手腕が、歴史を動かすことになります。
さらに、制作現場では予期せぬドラマが進行していました。デビュー2年目にして社会現象となっていた松田聖子は、殺人的なスケジュールにより喉を酷使し、声帯ポリープの危機に直面していたのです。初期の伸びやかで突き抜けるようなハイトーンは影を潜め、スタジオに入った彼女の声はかすれ、ハスキーなトーンを帯びていました。
通常であればレコーディングの延期を検討する事態でしたが、大滝詠一はそのかすれた声のニュアンスに類稀な哀愁と情感を見出しました。大滝はキー設定をミリ単位で調整し、オーケストラとアコースティックギターが幾重にも重なる重厚なウォール・オブ・サウンドの中に、あえてその「傷ついた少女の切ない歌声」を主役として配置したのです。万全ではないコンディションが生み出した奇跡的な儚さは、結果として楽曲に計り知れない陰影と深みを与える決定打となりました。