ここで、冒頭で触れた彼の生涯における伝説の逸話や、知られざる裏話の全貌に迫ってみたい。多くの人が記憶しているのはタレントのうつみ宮土理との仲睦まじい夫婦姿だが、その裏には大手プロダクションの庇護に頼らず自らの表現を貫こうとした壮絶な生き様があった。
芸能界の権力構造から一線を画すため、彼は自前のプライベート劇場「キンケロ・シアター」を多額の私財を投じて建設。既成のテレビ局主導のドラマづくりに疑問を抱いた際には、自ら監督・主演を務めたインディペンデント映画『幽霊列車』などを自主制作した。過密なテレビ収録の合間を縫い、早朝からスタッフに指示を出し、現場の弁当の手配まで自ら行ったという逸話は、彼の映画への狂おしいほどの愛を物語っている。
また、現場での過激なアドリブや、制作陣との一歩も引かない熱い議論も語り草だ。『トラック野郎』の現場では、現場の安全を最優先にしつつも、リアルな疾走感を出すために東映の撮影スタッフと衝突を繰り返しながらカメラアングルを追求したという。権威に屈せず、市井の生活者の目線を失わないその姿勢こそが、彼が語り継がれる最大の理由である。