今でこそ日本を代表するアスリートとして称賛を集める前田大然ですが、そのキャリアは決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。大阪の川上FCから名門・山梨学院高等学校へと進学したものの、高校1年生の冬に規律違反による除籍・謹慎処分を受けるという過酷な挫折を経験しています。
サッカー部を離れた約1年間、前田は地元・大阪に戻り、社会奉仕活動やパン工場での早朝アルバイト、地域のゴミ拾いなどに明け暮れました。当時の手記や関係者の証言によると、「大好きなサッカーを奪われ、周りの支えがあって初めて自分がプレーできていたことに気づいた」と深く内省したといいます。
高校の恩師や仲間たちの尽力によって高校3年生の夏に部活復帰を果たした前田は、感謝の想いを胸にピッチをがむしゃらに走り続けました。復帰後の山梨県予選では驚異的な得点力を発揮してチームを全国高校サッカー選手権へと導き、プロへの道を切り拓いたのです。前田が試合開始から終了の笛が鳴る瞬間まで決して足を止めず、泥臭く走り続ける原動力は、この高校時代の苦い挫折と再生の物語に深く根ざしています。