「さくねん」と「きょねん」、同じ時間を指しながらも受け手に与えるニュアンスが大きく異なる背景には、日本語の語種(和語・漢語)の歴史と敬語体系の力学が存在します。結論から言えば、敬語表現としての違いという観点において、「昨年」そのものが敬語(尊敬語・謙譲語)に分類されるわけではありません。しかし、「改まり語(丁寧な言葉遣い)」として明確に位置づけられています。
日本語の歴史において、「去年(きょねん)」は古くから親しまれてきた大和言葉(和語)の系譜を引き、話し言葉として自然に発達してきました。これに対し、「昨年(さくねん)」は中国から伝来した漢語に由来し、公的な記録文書や漢詩文などの書き言葉として用いられてきた経緯があります。日本語の運用ルールとして、漢語は和語に比べて硬質で客観的、かつ知的な響きを持つため、フォーマルな場での昨年と去年の使い分けマナーの基準点として機能しています。
口頭でのカジュアルな雑談で「昨年の旅行が……」と発言すると、相手との親密さによっては心理的距離を感じさせてしまうケースもあります。一方で、ビジネスシーンや公の席で「きょねんの業績は……」と発言すれば、軽率で幼い印象を与えてしまいます。相手との関係性、発信の媒体(テキストか音声か)、そして空間の格式に応じた選択が求められるのです。