インターネット上のコミュニティでは時折、「蓄膿症の治療に鼻うがいは禁忌」「やればやるほど鼻が詰まる」という極端な言説が散見されます。しかし、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会をはじめとする専門機関の見解において、鼻洗浄そのものは副鼻腔炎の保存的治療として極めて高い推奨度を誇る処置です。それにもかかわらず、「悪化した」と訴える患者が後を絶たない背景には、セルフケアにおける3つの重大な過誤が潜んでいます。
第一の過誤は、「水道水の直接使用による浸透圧ショックと上皮障害」です。「鼻を水で洗う」という言葉を字面通りに受け止め、台所や洗面所の水道水をそのまま鼻腔へ流し込むケースが驚くほど多く見られます。ヒトの体液の浸透圧は約0.9%の塩分濃度で維持されていますが、真水は浸透圧がほぼゼロです。浸透圧の急激な格差は、鼻粘膜の上皮細胞を急激に膨張させ、激しいツーンとした疼痛を引き起こすだけでなく、病原体を外へ掻き出す「線毛機能」を麻痺させます。結果として自浄作用が停止し、洗浄前よりも粘膜が腫れ上がって鼻閉が悪化する事態に陥るのです。
第二の過誤は、「鼻腔と中耳をつなぐ耳管への逆流と急性中耳炎リスク」です。鼻腔の奥には、中耳と通じる「耳管(エウスタキオ管)」の開口部が存在します。強い水圧で洗浄液を噴射したり、洗浄液が鼻腔内に残っている状態で「ゴクン」と唾液を飲み込んだりすると、陰圧と陽圧のバランスが崩れ、細菌やウイルスを含んだ汚染液が中耳腔へと一気に押し込まれます。洗浄直後から耳の閉塞感や拍動性の激痛が生じ、急性中耳炎を併発してしまうメカニズムがこれに当たります。
第三の過誤は、「洗浄直後の強烈な鼻かみによる粘膜の鬱血」です。鼻腔内に残った水分を出し切ろうと、片鼻を固く塞いで力任せに鼻をかむ行為は、副鼻腔の内圧を異常に跳ね上げます。傷ついた粘膜の毛細血管を破綻させ、炎症を副鼻腔の深部へ押し広げてしまう原因となるため、患者本人は「鼻うがいのせいで病状が進行した」と誤認してしまうのです。