明菜とマッチ破局の真相|金屏風会見の裏側と2026年現在

明菜とマッチ破局の真相|金屏風会見の裏側と2026年現在

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事件から約半年が経過した1989年12月31日午後10時。除夜の鐘が響き渡ろうとする大晦日の夜、新高輪プリンスホテル「飛天の間」で急遽開かれた記者会見は、昭和芸能史において最も異様で冷酷な光景として記録されています。

会場の壇上には、吉事やおめでたい席でしか使われないはずの金屏風が堂々と据えられていました。テレビ中継の緊急特番が組まれるなか、日本中の視聴者や駆けつけた報道陣は「まさかの電撃婚約会見か」と息を呑みました。しかし、ショートカット姿で憔悴しきった表情で現れた中森明菜さんが口にしたのは、祝福の言葉ではなく、自らの行いに対する痛烈な「謝罪」だったのです。

明菜さんは震える声で、「本当に一番信頼していかなきゃいけない人に対して、大変な傷をつけてしまったことを今でも本当に深く反省しております」と頭を下げ続けました。その後、隣に着席した近藤真彦さんは、集まった記者から「結婚の可能性は?」と問われると、表情を崩すことなく「そういうことは全くありません」と即座に否定しました。

後年の芸能ジャーナリストたちの取材や元関係者の告白によると、この会見を演出・主導したのは当時のジャニーズ事務所副社長・メリー喜多川氏でした。自殺未遂の現場となったことで猛烈な社会的批判を浴びていた所属筆頭タレントである近藤さんのイメージを回復させ、同時に明菜さんを当時の所属事務所から独立させて影響力を削ぐための冷徹な政治劇だったと指摘されています。明菜さん側には「復帰に向けた報告と関係修復の場」と伝えられていた節があり、彼女の傷口にさらなる塩を塗り込む結果となったのです。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。