いまや国民的キラーフレーズとなった「角野卓造じゃねーよ!」ですが、その発端は近藤春菜さんがまだ22歳の若手時代に遡ります。きっかけを作ったのは、バラエティ番組で共演したロンドンブーツ1号2号の田村淳さんでした。ひな壇に座っていた春菜さんの風貌を見た田村淳さんが「角野卓造さん?」と唐突に振った瞬間、春菜さんはとっさに「いや、そんなわけ…」と困惑しながらも否定のツッコミを返しました。このスタジオの爆笑が、伝説の始まりとなります。
当時の春菜さんはデビュー間もない新人であり、大御所俳優の名前を勝手にネタにして笑いを取る行為には、計り知れない恐怖とプレッシャーがつきまとっていました。後年のインタビュー特番(MBS・TBS系『サワコの朝』など)において、春菜さんは「もしご本人に怒られたら即座にやめようと覚悟していた」と、当時の張り詰めた胸中を赤裸々に告白しています。
転機となったのは、ある番組の企画で実現した角野卓造さんとの初対面でした。楽屋へ挨拶に出向き、震える声で無断でネタにしている非礼を詫びた春菜さんに対し、角野さんが見せた反応は予想を遥かに超えるものでした。角野さんは怒るどころか、満面の笑みを浮かべてこう語りかけたのです。
「どんどんやってちょうだい。僕の名前を出してくれるおかげで、若い世代にも名前を覚えてもらえるんだから、むしろ感謝しているよ」
名優の器の大きさを物語るこの一言が、若き日の芸人・近藤春菜を救いました。単なるパロディがいじめや侮辱に堕ちず、大衆に愛される芸へと昇華した背景には、角野卓造さんの圧倒的な懐の深さという後ろ盾があったのです。