時代の寵児として頂点を極めながらも、1979年に突如として引退を表明。その後、音楽プロデューサーの宇多田照實氏と出会い、渡米後の1983年に授かったのが一人娘のヒカルでした。家族3人で音楽ユニットを結成するなど、表舞台から姿を消したあとも娘の才能を誰よりも信じ、英才教育を施した彼女でしたが、2013年8月22日、あまりにも痛ましいニュースが日本中を揺るがします。
東京都新宿区内の高層マンション敷地内で、女性が倒れているのが発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。所持品などから、その身元が藤圭子(当時62歳)本人であると判明。現場の状況や争った形跡がないことから、警視庁はマンション高層階からの自死と断定しました。
かつて社会現象を巻き起こしたスターが、なぜ見知らぬ知人名義の部屋で、一人ひっそりと命を絶たなければならなかったのか。突然の訃報に世間は言葉を失い、ワイドショーやスポーツ紙はセンセーショナルにその死因や動機を報じることとなりました。