ロッテ浦和球場はいま、静かな更地になった──70年の記憶と跡地の行方

ロッテ浦和球場はいま、静かな更地になった──70年の記憶と跡地の行方

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ロッテ浦和球場の閉鎖・解体は、球団公式サイトとメディアリリースで段階的に予告されていた。しかし、SNSや地域掲示板では「まさか本当になくなるとは」「子どもの頃のバイト先だった」といった声が閉鎖発表直後に急増。特に50代以上の埼玉県民にとって、この球場は単なる二軍本拠地ではなく、高校野球の地区予選や社会人野球の聖地でもあった。ある50代男性は編集部の取材に「中学の頃、夏の高校野球県大会をここで観た。あのときのサイレンの音が忘れられない」と語り、眼を細めた。

一方で、地元住民からは複雑な本音も聞こえてくる。「試合がある日は地域が活気づいて、商店の売り上げも上がっていた。ただ、路上駐車と夜間のサイレンには正直困っていた」(浦和区在住・70代女性)。この相反する感情こそ、都市型球場の抱える構造的矛盾だ。ロッテ浦和球場は“近すぎる聖地”だった。そのあり方は、同じく住宅街に立地する他競技場の再開発問題にも通じる普遍的なテーマを内包している。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。