アンドルー王子のパブリックイメージを決定づけた最大の出来事が、1982年に勃発したイギリスとアルゼンチンによるフォークランド紛争への従軍です。当時22歳だったアンドルー王子は、イギリス海軍の空母「インヴィンシブル」に所属するシーキング・ヘリコプターのパイロットとして実戦配備されました。
英政府内では「女王の次男を戦死させるリスクは冒せない」としてデスクワークへ異動させる案も浮上しましたが、母エリザベス女王が「息子を他の兵士と差別せず前線に残すべき」と断固主張した記録が残っています。アンドルー王子はエグゾセ空対艦ミサイルを引き離すための危険極まりない囮(デコイ)任務や、被弾した友軍艦艇の救助活動に昼夜を問わず従事しました。
紛争終結後、口にバラの花をくわえてポーツマス港に凱旋帰国したアンドルー王子の姿は世界中で大々的に報じられ、「戦場で命を張った本物のロイヤルヒーロー」としてイギリス国民の支持率は最高潮に達しました。その後もアンドルー王子の海軍での経歴は20年以上に及び、中佐(コマンダー)まで昇進を果たすなど、軍人としての実績は現在でも高く評価されています。