平松投手の現在とカミソリシュートの伝説|通算201勝の軌跡と真実の最新情報をご紹介します。最新トレンドが詰まっています。
岡山県立岡山東商業高等学校時代に春のセンバツで全国制覇を経験した平松投手は、社会人の日本石油(現・ENEOS)を経てプロの門を叩きました。大洋ホエールズ一筋で投げ抜いた平松投手の経歴は、まさに弱小期と言われたチームを孤軍奮闘で支え続けた大エースの歴史そのものです。
1970年には25勝を挙げて最多勝を獲得し、自身初となる平松政次 沢村賞を受賞。さらに1979年にも17勝を記録して2度目の沢村賞に選出されるなど、セ・リーグを代表する大投手として君臨しました。特筆すべきは「打倒・巨人」に燃えた勝負強さで、対巨人通算51勝(歴代2位)という驚異的な記録を樹立し、「ミスター巨人キラー」の称号を確固たるものにしました。
項目平松投手の公式記録・数値データ名球会・歴代基準との比較編集部の見解・評価通算勝利数201勝(196敗16セーブ)名球会入会基準:通算200勝以上大洋一筋で達成。通算勝率.506ながら負け越しチームで勝ち取った至高の金字塔。対巨人通算成績51勝 47敗金田正一(65勝)に次ぐ歴代2位V9時代の最強巨人を相手に勝ち越した驚異的な勝負強さを証明。獲得タイトル最多勝2回(1970, 1971年)
最優秀防御率1回(1979年)沢村賞 2回(1970, 1979年)1970年代のセ・リーグを牽引。完投能力と制球力の双方が極めて高水準。通算投球回・完投数3360.2回 / 145完投(28完封)昭和の大エース基準のタフネス現代の分業制では再現不可能な鉄腕ぶり。リリーフ登板も数多くこなした。打撃成績(投手)通算25本塁打投手歴代5位の長打力自らを援護する一発長打の打撃力も持ち合わせ、ファンを沸かせた。
1983年10月21日の巨人戦で完投勝利を挙げ、念願であった平松投手の通算勝利200勝を達成。名球会入りを果たした瞬間は、横浜スタジアムのみならず日本中のプロ野球ファンが感動に包まれました。