日本における事件報道の歴史を振り返れば、身内や第一発見者に疑惑の目が向けられ、後に完全な冤罪であったと判明した例は枚挙に暇がない。かつての松本サリン事件における第一発見者への偏向報道や、過去の児童失踪事件で家族が世間のバッシングに晒された悲劇は、過ちの歴史として記憶されているはずだ。
かつてはマスメディアの一部がその加害者となっていたが、現在は一般市民一人ひとりが発信力を手にしたことで、その暴力性が何十倍にも増幅されている。一度インターネット上に刻まれた「犯人扱い」のデジタルフットプリントは、後に事件の真相が判明して本犯人が逮捕されたとしても、完全に消去することは不可能だ。