インターネット上の言説で最も広く流布している俗説の一つに、「自分で物忘れを自覚して心配しているうちは認知症ではない。本当に認知症なら自覚すらない(病識の欠如)」という言説があります。しかし、臨床の最前線を知る専門医の間では、この画一的な見方はすでに「危険な誤解」として否定されつつあります。
確かに典型的な高齢期アルツハイマー型認知症では、病気の進行とともに自らの認知障害に気づかない「病識の低下」が顕著になります。しかし、進行の初期段階である軽度認知障害(MCI)の診断基準を満たす層や、40代から50代で発症する若年性認知症の超初期においては、「今まで普通にできていた会話が頭に残らない」「昨日話した内容が思い出せない」という異変に対し、本人が誰よりも早く気づき、恐怖と孤独に苦しむケースが珍しくありません。
ネットの俗説を鵜呑みにして「自分で心配できているから大丈夫」と放置してしまうと、介入すべきゴールデンタイムを逃すリスクがあります。見極めの本質は「自覚の有無」ではなく、「物忘れのパターン」です。
医学的に注目すべきは、短期記憶障害の原因となるエピソード記憶の脱落です。「取引先と打ち合わせをしたこと」は覚えているが「打ち合わせた細かい数字」を忘れるのは、注意力低下やワーキングメモリの不全(健忘)です。一方で、「取引先と会ったこと自体が記憶から消滅している」「メモを見せられても自分が書いた記憶すらない」というように、行動の枠組みそのものが消失する場合は、器質的な病変を強く疑う必要があります。
以下の若年性認知症の初期症状チェックに当てはまる兆候がないか、冷静に振り返ることが大切です。
- 数分前・数時間前の会話の内容だけでなく「話した事実」そのものを思い出せない。
- 同じ質問や同じ話を、数分から数時間の間に無意識に何度も繰り返していると指摘される。
- よく知っているはずの同僚の名前や、毎日通っている通勤ルートが一瞬完全に分からなくなる。
- 会話の中で「あれ」「それ」といった指示代名詞が極端に増え、具体的な名詞が出てこない。
- これまで問題なくこなせていた料理の手順や家電の操作、仕事の段取りが急に分からなくなる。