夜鳴きそばのルーツを辿ると、江戸時代中期の享保年間(1716〜1736年頃)にまで遡ります。当時の江戸では、夜間に担ぎ屋台で行商を行う蕎麦売りが登場しました。彼らは客を呼ぶために「夜鳴き(夜啼き)」と名付けられ、後に夜の街で働く女性「夜鷹」にちなんで「夜鷹そば」とも呼ばれるようになります。
当時の売り声は独特で、風鈴や拍子木を鳴らしながら江戸の町を巡回していました。この江戸発祥の屋台システムが、明治以降の近代化に伴い大きな転換点を迎えます。
明治後期から大正期に入ると、中国由来の中華そばを扱う移動式屋台が急増しました。屋台の店主たちは客を呼び寄せる合図として、2枚リードの木管楽器「チャルメラ(喇叭)」を吹き鳴らすようになります。「ドレミレド〜、ドレミレドレ〜」という哀愁漂う独特の旋律は、昭和の夜の風物詩として日本全国の路地裏に定着しました。江戸時代の行商スタイルと、大正・昭和のチャルメラ文化が融合した結果、現代私たちが知る「夜鳴きそば」の形式が完成したのです。