リハビリテーションや看護の現場で最も広く知られているTUGカットオフ値13.5秒の根拠は、Shumway-Cookら(2000年)が発表した前向き研究に遡ります。この研究では、地域在住の高齢者を対象に調査を行い、13.5秒以上のスコアを示した群において転倒リスクが急増することを突き止めました。当時の統計データでは感度87%、特異度87%という極めて高い予測精度が示され、これが世界的なスタンダードとして定着した背景があります。
ところが、日本の臨床現場ではこの13.5秒という数字が独り歩きし、混乱を生み出す火種となっています。ある通所リハビリテーションの理学療法士は「主治医から『TUGが14秒だから転倒ハイリスクとして運動計画書を作ってほしい』と機械的に指示が下りてくるが、普段の生活環境や歩行の質を診ていないケースが目立つ」と証言します。原著研究の対象はあくまで自立歩行が可能な地域在住高齢者であり、急性期病院の入院患者や重度の変形性関節症、パーキンソン病を抱える患者にそのまま当てはめることはできません。
さらに現場を混乱させているのが、Podsiadlo & Richardson(1991年)による原著のTUGカットオフ値20秒との使い分けです。原著では、10秒未満を「完全に自立」、20秒未満を「自立歩行可能(外出も概ね一人で可能)」、20〜29秒を「移動に介助が必要、あるいは屋外歩行に制限あり」、30秒以上を「重度の起居・移動障害(車椅子や全面介助)」と分類しています。つまり、「転倒リスクのスクリーニング」として13.5秒を用いるのか、「ADLの自立度判定」として20秒を指標にするのかという評価の目的が混同されている点に、現場の迷走の根本的な原因が存在します。