笑点を怪物番組にした三波伸介|最高視聴率と52歳急逝の真相

笑点を怪物番組にした三波伸介|最高視聴率と52歳急逝の真相

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『笑点』は1966年に立川談志の企画・司会でスタートし、ブラックユーモアを売りにした革新的な演芸番組として産声を上げました。その後、前田武彦による2代目司会期(1969〜1970年)を経て、1970年12月に3代目司会者として白羽の矢が立ったのが三波伸介でした。

当時の大喜利は、落語家同士のプライドや番組路線を巡る軋轢から視聴率が低迷し、打ち切りすら囁かれる存亡の危機に瀕していました。そこに投入された三波伸介は、落語界の外からやってきた本格派コメディアンでした。伊東四朗、戸塚睦夫とともに結成したコントグループ「てんぷくトリオ」で培った舞台度胸と大衆掌握力は桁外れであり、落語の敷居を下げて家族全員が笑える日曜夕方のエンターテインメントへと見事に再定義したのです。

三波伸介の司会期間は1970年12月20日から1982年12月5日放送分までの丸12年に及びました。その集大成とも言える記録が、1981年3月8日に記録された歴代最高視聴率36.1%(ビデオリサーチ関東地区)です。テレビの多チャンネル化やネット配信が定着した現代では再現不可能な驚異の数字であり、今なお『笑点』史上破られていない絶対的な金字塔となっています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。