競技場に目を向けると、日本代表選手団は金メダル16個、銀メダル5個、銅メダル8個(合計29個)を獲得し、アメリカ、ソ連に次ぐ世界第3位のメダル獲得数を記録しました。自国開催のプレッシャーを跳ね返し、国民の期待に応える名勝負が連日繰り広げられたのです。
中でも日本中を熱狂させたのが、大松博文監督率いる全日本女子バレーボールチーム、通称「東洋の魔女」の快進撃でした。日紡貝塚の選手たちを中心に編成されたチームは、「回転レシーブ」などのハードワークを武器に宿敵ソ連を撃破。決勝戦のテレビ中視率は驚異の66.8%(瞬間最高85%超)を記録し、日本中がテレビ画面の前で息を呑みました。
一方、国立競技場を埋め尽くした観客の胸を締め付けたのが、男子マラソンにおける円谷幸吉選手の激走です。エチオピアのアベベ・ビキラ選手が独走で連覇を果たす中、円谷選手は国立競技場のトラックへ2位で姿を現しました。ゴール直前、イギリスのベイジル・ヒートリー選手に惜しくもかわされたものの、執念の銅メダルをもぎ取ります。自衛隊員としての重責を背負い、全力を出し尽くしたその姿は、敗戦後の日本人に不屈の闘志と深い感動を刻み込みました。