石破茂内閣で外務大臣に就任した際も、一部メディアやSNS上では「親中派の登用」「対中弱腰路線の復活」といった懸念が即座に噴出しました。しかし、実際に岩屋氏が外相就任後に展開した実務外交を時系列で精査すると、単なる融和一辺倒ではない複層的なアプローチが見えてきます。
2026年秋の外相就任直後、中国の王毅外相との外相会談において、岩屋氏は日本産水産物の輸入再開に向けたプロセス加速を求めると同時に、尖閣諸島周辺での領海侵入や日本周辺での中国軍の軍事活動活発化について「深刻な懸念」を直接表明しました。さらに、中国国内で相次いだ日本人学校児童への襲撃事件に対し、邦人の安全確保を最優先事項として強く申し入れるなど、主張すべき国益は明確にテーブルに乗せています。
また、就任から間もない時期に戦時下のウクライナ(キーウ)を電撃訪問し、シビハ外相ら要人と会談。防衛装備品の供与や電力インフラの復旧支援、地雷除去技術の提供など、日本がG7の一員として国際秩序の維持に責任を持つ姿勢を国際社会へ強力にアピールしました。この動きは、対中・対露で融和的になるのではないかと警戒していた欧米諸国からも一定の信頼を勝ち取る契機となりました。