大津事件が日本近代史において果たした最大の功績は、「日本が法秩序を遵守する近代文明国である」という事実を欧米列強に示した点にあります。
当時、日本は欧米列強と結ばされていた不平等条約(治外法権の撤廃、関税自主権の回復)の改正交渉に心血を注いでいました。列強各国は「日本の司法制度は未熟であり、自国民を裁かせるわけにはいかない」と難色を示していたのです。もし明治政府の圧力に屈して法を曲げ、津田三蔵を死刑にしていれば、「日本は国家の都合で法解釈を歪める野蛮な国」と見なされ、条約改正は数十年間停滞していた可能性が極めて高かったと言えます。
組織防衛や国際摩擦への過度な恐れから「法の原則」を無視しようとした政府に対し、司法が毅然とブレーキをかけたこの事件は、現代の国家統治や企業ガバナンスにおいても極めて重い教訓を投げかけています。「目先の危機回避のための超法規的措置は、長期的には組織や国家の信用を根本から破壊する」という不変の真理を、大津事件の結末は雄弁に物語っています。