尾崎放哉、本名・秀雄。彼の前半生は、誰もが羨む約束された勝ち組の人生だった。鳥取の裕福な家庭に生まれ、第一高等学校から東京帝国大学法学部へと進学。卒業後は東洋生命保険に入社し、京城(現在のソウル)支店長にまで昇進した。エリート街道の真ん中を歩んでいたはずだった。
だが、彼はそのキャリアを自ら打ち砕く。原因は重度のアルコール依存症と、組織になじめない自己中心的な性格だ。酒に酔っては同僚や上司と衝突を繰り返し、会社を追われた。家財を売り払い、妻とも離別。宗教的求道心と自己破壊衝動に突き動かされるように、彼は京都の寺の堂守を皮切りに、福井、神戸、そして香川の小豆島へと、各地を転々とする極貧の漂泊生活へと身を投じていった。