インターネット上の検索や一部のメディア報道において、「黒田清子様は現代の斎宮」という表現が使われるケースが散見されます。しかし、神社神道および法制度の観点から見ると、これは完全な概念の混同です。
歴史上の「斎宮(いつきのみや)」は、南北朝時代まで存在した古代から中世の制度であり、天皇の即位ごとに伊勢神宮に差し出された未婚の皇女(内親王または女王)を指します。彼女たちは神宮近くの斎宮寮(三重県多気郡明和町周辺)に常駐し、都へ戻ることも結婚することも原則として許されない過酷な神への奉仕者でした。
これに対し、黒田清子様が務める「祭主」は、明治時代以降に再編され、戦後は宗教法人となった伊勢神宮の最高位神職です。天皇陛下の代理(御名代)として主要な神事に参列する役職であり、未婚の縛りはなく、都内での通常生活を営みながら神事の時期にのみ伊勢へ赴く形態をとっています。
このように、「斎宮」と「祭主」を同義として語る言説は歴史的事実から乖離しています。ただし、天皇の血を引く女性が祈りの中心に立つという精神的連続性において、国民が清子様に古代の斎宮の面影を重ね合わせてしまう心理的背景は理解に難くありません。