「耳掃除は毎日行うのがエチケットであり清潔の証」という考え方は、医学的な観点から見れば大きな誤解です。耳垢が詰まって病院に駆け込む患者の多くは、皮肉にも「人一倍清潔好きで、毎日熱心に耳掃除をしていた人たち」です。
人間の外耳道には、鼓膜から外へ向かって皮膚がゆっくりと移動する「マイグレーション(自浄作用)」という精巧なベルトコンベア構造が備わっています。耳垢が生成されるのは外耳道の外側3分の1(軟骨部)だけであり、奥の3分の2(骨部)には本来、耳垢を作る分泌腺は存在しません。
ここに綿棒を深く差し込むと何が起きるのか。綿棒の先端の直径は外耳道の太さとほぼ同じです。外側にある耳垢の一部は綿棒の表面に付着して取れますが、残りの大部分はピストンのように奥の骨部へ押し込まれてしまいます。奥へ追いやられた耳垢は自浄作用のベルトコンベアから外れ、二度と自力では排出されなくなります。その結果、毎日の掃除によって耳垢が奥で圧縮され、層を成してコンクリートのように硬直した耳垢栓塞が完成するのです。
現場の耳鼻咽喉科医が「綿棒は耳垢を取る道具ではなく、耳垢を奥へ詰め込む道具になっている」と警鐘を鳴らす理由は、まさにこの物理的メカニズムにあります。