ネット上の掲示板やコミュニティでは、長年にわたり「イラストは生まれ持ったセンスや才能がすべてであり、描けない人間は一生描けない」という言説がまことしやかに語られてきました。しかし、認知心理学および視覚情報処理の観点から見ると、この主張には重大な誤謬が存在します。
人間がイラストをうまく描けない本質的な理由は、手が思い通りに動かないからではなく、「対象を立体として脳内で認識できていない」からです。私たちは日常生活において、他人の顔を「ゲシュタルト(全体的なまとまり)」として瞬時に識別しています。しかし、いざ絵を描く段階になると、脳の言語処理領域が優先され、「目はアーモンド型」「鼻は三角」といった概念の記号を平面的に紙へ貼り付けてしまいます。これが、初心者特有のいわゆる「記号描き」の正体です。
プロのイラストレーターが秀でているのは手先の器用さではなく、「三次元の空間を二次元の線分へ還元して捉えるメンタルローテーション(心的回転)能力」です。この能力は才能ではなく、適切な補助線(アタリ)を用いた構造分解の反復によって後天的に鍛えられることが脳科学的にも証明されています。
また、「ポーズ集を真似したりアタリをトレスするのは卑怯だ」というネット上の根強い誤解も早急に是正されるべきです。商業の第一線で活躍するアニメーターやイラストレーターも、ポーズモデルや3D素体、写真資料を綿密に確認しながら作画を行っています。無から頭の中のイメージだけで描く行為はプロでも極めて難度が高く、初心者が資料を見ずに描くこと自体が挫折を約束された暴挙と言っても過言ではありません。