十七条憲法第一条の全文を丹念に紐解くと、私たちが教わってきたイメージは音を立てて崩れ去る。「和を以て貴しとなし、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」に続く文脈には、人々が徒党を組んで偏見に囚われ、本質を見失うことへの痛烈な警戒が記されている。太子が生きた時代は、大陸からの仏教伝来をめぐって国が二分し、暗殺や武力衝突が日常茶飯事だった動乱の只中。そんな極限状態において、「仲良くしましょう」などという甘言が通用するはずもない。
太子が求めたのは、身分や派閥の壁を越えてテーブルに着き、逃げずに議論を戦わせることだった。上の者が下の者の声に耳を傾け、下の者も臆せず直言する。感情的な対立を排し、事理を尽くして語り合えば、自ずと道理に通じた結論に至る――これこそが太子の描いた「和」のダイナミズムだ。お互いに顔色を窺い、本音を呑み込んで沈黙を守る現在の「忖度文化」は、太子の理想とは真逆の病理と言わざるを得ない。