逃げ場のない異国で出逢った曽我氏とチャールズ・ジェンキンス氏の結びつきは、極限状態が生んだ奇跡とも言える。1965年に非武装地帯を越えて北朝鮮へ入国した元米兵のジェンキンス氏は、監視下で日本語を教えに来た曽我氏と出会い、やがて絆を深めた。ふたりは言葉の壁を越え、互いの孤独を癒やすように寄り添っていった。
「彼はいつも私を守ってくれた」――後年、曽我氏はそう回想している。手作りの道具で生活環境を整え、厳重な監視の目を盗みながら家族としての温もりを守り抜いた。2017年にジェンキンス氏が世を去るまで、二人は佐渡島で静かな晩年を過ごした。しかし、彼の遺志を受け継いだ曽我氏の戦いは、今もなお終わっていない。