日本一低い山はどこ?日和山・天保山・弁天山の真相と最新基準

日本一低い山はどこ?日和山・天保山・弁天山の真相と最新基準

日本一低い山はどこ?日和山・天保山・弁天山の真相と最新基準についての疑問解決ガイドをご紹介します。

低山を巡る情報には、ネット上で長年放置されている誤認や勘違いが散見されます。その最たるものが、「日和山が標高3メートルになった理由」と「大潟富士の扱い」です。

仙台市の日和山は、もともと明治時代に漁師たちが天候を予測する「日和を見る」ために作られた築山で、かつては標高6メートルありました。1990年代前半までは日和山が日本一低い山として親しまれていましたが、1993年に大阪の天保山(4.53メートル)が地形図に山として再掲載されたことで、日和山は日本で「2番目に低い山」へと転落した過去があります。

この順位が再び逆転した契機が、2011年3月11日の東日本大震災でした。蒲生干潟のすぐ脇に位置する日和山は、巨大津波の直撃を受けて激しく削り取られ、一時は完全に消失したと報じられました。しかし、地元住民が土を盛り直して案内板を再建。その後、国土地理院が被災地の地形測量を改めて実施した結果、2014年4月に「標高3メートルの山」として公式に認定・更新されました。津波で削られた結果として、皮肉にも天保山の標高を下回り、約18年ぶりに「日本一低い山」へと返り咲いたという過酷な背景を持っています。

もう一つの大きな誤解が、秋田県大潟村の大潟富士です。「大潟富士は標高0メートルだから、ここが真の日本一ではないか」という言説がネット上で散見されます。大潟村は八郎潟を干拓して生まれた土地であり、周囲の地盤自体が海抜マイナス4〜5メートル前後に位置しています。そのため、周囲から3.74メートル盛り土をした富士山型の築山の頂上が、ちょうど「海抜0メートル」になるよう人工設計されました。

「海抜ゼロメートルの山」というコンセプトは極めて秀逸ですが、国土地理院の2万5千分の1地形図には山としての記号や聳肩体の名称が掲載されていません。あくまでモニュメント・観光施設としての位置付けであるため、公的な地形図基準のランキングでは除外されるのが地理学上の実情です。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。