山本陽子さんの晩年を語る上で欠かせないのが、相模湾を一望できる静岡県熱海市のリゾートマンションでの暮らしです。70代を迎えた頃、長年暮らした東京を離れ、熱海への完全移住を決断しました。そこには、老いを恐れるのではなく、自らの手で人生の最終章を美しくデザインするという明確な美学がありました。
自宅では愛犬と共に暮らし、季節の草花を育て、日本画や陶芸に打ち込む日々。決して世捨て人になるのではなく、仕事の依頼があれば新幹線で東京のスタジオへ軽やかに駆けつけるスタイルを崩しませんでした。不要な家具や人間関係を整理する「生前整理」も自ら進め、生活環境をシンプルに整えていたことが、当時の特番インタビューや手記でも明かされています。
若い頃の山本さんといえば、野村證券のOLから日活ニューフェイスに合格して芸能界入りを果たし、日本人女性として初めてポルシェに乗ったと称されるほどの行動派でした。かつて自らステアリングを握り、都会を颯爽と駆け抜けていたアグレッシブな情熱は、晩年の熱海において「自立した静かな日常」へと美しく昇華されていたのです。