「春の菜花=ほろ苦い大人の味」という先入観を持ってのらぼう菜を口にすると、その雑味のない澄んだ甘みに驚かされます。一般的な菜の花(和種なばな)にある独特の苦味やアク抜きの手間が、のらぼう菜にはなぜ不要なのか。そこには植物分類学的なルーツと成分組成の決定的な違いが存在します。
一般的な菜の花はアブラナ科アブラナ属の在来種(Brassica rapa系)が多く、特有の辛味・苦味成分であるイソチオシアネートの配糖体(グルコシノレート)を多く含みます。また、エグみの元凶となるシュウ酸も一定量含まれるため、調理前の十分な湯通しやアク抜きが欠かせません。
一方、のらぼう菜は同じアブラナ科でありながら、西洋油菜に近い系統(Brassica napus系)に属する伝統野菜です。成分分析においてもシュウ酸や苦味配糖体の含有量が極めて少なく、冬の厳しい寒さに耐える過程で自らの細胞凍結を防ぐために蓄えた糖分によって、糖度が約6〜9度(一般的なフルーツトマトや柑橘類に匹敵する数値)まで上昇します。つまり、苦味がマスキングされているのではなく、そもそも「苦味成分そのものが極微量しか存在しない」ことこそが、アク抜き不要で甘い真相なのです。
歴史を遡れば、江戸時代に関東郡代を務めた伊奈半左衛門(伊奈忠順)が、天明・天保の大飢饉に際して種子を農民に配り、多くの命を餓死の危機から救った「救荒作物」としての記録が残されています。東京都あきる野市の子生神社には今も「のらぼう碑」が鎮座しており、生命力が極めて強く、野山に放っておいても(野良に生えても)ぐんぐん育ち、灰汁(アク)抜きなしで誰もが手軽に食べられる滋養源として大切に受け継がれてきました。