Cha-Chaメンバーの現在と草彅剛脱退の真相|伝説の軌跡を徹底追跡

Cha-Chaメンバーの現在と草彅剛脱退の真相|伝説の軌跡を徹底追跡

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CHA-CHAを語る上で欠かせない最大の歴史的トピックが、デビュー直前までメンバーとして汗を流していた草彅剛氏の電撃脱退です。『欽きらリン530!!』の放送開始当初、番組内で結成されたオーディション選抜隊「茶々隊」には、当時まだ無名だったジャニーズJr.の草彅剛氏が主要メンバーとして参加していました。同様に、初期には木村拓哉氏も番組オーディションに参加していたという証言が残されています。

当時、毎週月曜から金曜の夕方に生放送される番組内で、草彅氏は萩本欽一氏から厳しいアドリブ指導を受け、必死に食らいついていました。視聴者の間でも「茶々隊の可愛い男の子」として認知度が一気に跳ね上がり、レコードデビューに向けた最終選抜5人の中にも当然のように草彅氏の名が入っていたのです。

しかし、1988年9月のデビュー曲「Beginning」のリリース直前、草彅氏は突如としてメンバーから外れることになります。その決定打となったのは、当時のジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏による「SMAP結成に伴う専念命令」でした。

1988年4月、すでにジャニーズ事務所内ではスケートボーイズから派生する形で「SMAP」が結成されていました。ジャニー喜多川氏は、草彅氏が他事務所のタレントと混成で組む萩本欽一氏プロデュースのCHA-CHAで固定化されることを警戒し、「草彅はジャニーズのグループであるSMAPに全力を注がせる」と判断。直前でメンバー引き揚げを決断したとされています。急遽空いた枠に元ジャニーズJr.の中村亘利氏や木野正人氏が本格合流したことで、私たちが知る5人組の「CHA-CHA」が完成しました。

後に草彅剛氏自身も特番インタビューなどで当時を振り返り、「欽ちゃんに教わった間(ま)やリアクションの基礎がなければ、後のSMAP×SMAPでのコントは絶対にできなかった」と語っています。一見するとデビューを逃した挫折のようでありながら、この脱退劇こそが国民的アイドル・SMAPを生み出す決定的な分岐点となった事実は、芸能史における極めてスリリングな巡り合わせです。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。