坂口杏里の母・坂口良子急逝の真相と遺産問題|家族の光と影を追う

坂口杏里の母・坂口良子急逝の真相と遺産問題|家族の光と影を追う

坂口杏里の母・坂口良子急逝の真相と遺産問題|家族の光と影を追うの注目されている理由をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。

世間に激震が走ったのは、2013年3月27日のことでした。坂口良子さんが都内の病院で息を引き取り、享年57という早すぎる別れが報じられたのです。当時、公表された坂口良子死因は、難治性の横行結腸癌およびそれに伴う坂口良子肺炎の併発でした。

病魔の影が忍び寄ったのは2011年夏頃のことです。極度の体調不良を訴えて受診したところ、大腸の一部である横行結腸に悪性腫瘍が発見されました。すでに病状は進行しており、腸閉塞を起こしていたため緊急手術が行われましたが、がんは肝臓など周囲の臓器へと転移していました。公には「胃潰瘍と胆石」と発表して仕事を続けていたものの、現場での激痩せぶりは痛々しく、周囲のスタッフからも心配の声が上がっていました。

抗がん剤治療を継続する中で、最も恐れていた合併症が引き起こされます。がん細胞の浸潤と強い抗がん剤の影響で著しく免疫力が低下した体内を細菌が襲い、間質性肺炎を含む重度の呼吸不全を発症。最終的に意識不明の重体に陥り、家族に見守られながら旅立ちました。

この闘病の傍らには、1998年から10年以上にわたり事実婚関係を続け、2012年8月に晴れて正式入籍したプロゴルファーの尾崎健夫氏の献身的な支えがありました。「入籍からわずか7ヶ月」という短い夫婦生活での別れについて、尾崎氏は後に涙ながらに「もっと早く治療に専念させてやれなかったのか」と深い悔恨を語っています。病床で最後まで「杏里を一人前のタレントにするまでは死ねない」と呟いていたという母の無念は、計り知れないものがありました。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。