全国各地に数あるご当地蕎麦の中でも、静岡市清水区のなすそばほど既存の和食の枠組みを打ち破った料理は他にありません。漆黒に近い深みのある餡の中には、縦に大きく切り分けられ、高温の油で揚げられた茄子が惜しげもなく鎮座しています。箸で持ち上げるとずっしりと重い餡が細めの蕎麦に絡みつき、油膜によって湯気すら外に逃げないほどの高温が最後まで保たれます。
清水なすそば中毒性の理由を味覚構造から紐解くと、三大要素の緻密な計算が見えてきます。第一に、素揚げ茄子から溢れ出す油のジューシーな旨味です。茄子のスポンジ状の繊維が良質な油を吸い込み、噛んだ瞬間に口内で甘辛い出汁と油が乳化します。第二に、蕎麦屋ならではの濃厚な本枯節出汁とみりん・醤油を煮詰めた高粘度の餡。そして第三に、アクセントとして効かせる生姜や一味唐辛子の刺激です。
「脂質×糖質×グルタミン酸・イノシン酸の相乗効果」という、人間の脳が抗えない快楽物質のトリガーを見事に引いている点こそが、単なるローカルフードに留まらない熱烈なリピーターを生み出す本質的な理由と言えます。