郡上八幡城の天守に足を踏み入れると、観光地の復元天守にありがちな鉄筋コンクリート造のエレベーターや近代的な内装は一切存在しません。足裏に伝わる無垢材の感触、歩くたびに静寂の中に響く「ミシッ、ギシッ」という床板の軋み、柱や梁に刻まれた手斧(ちょうな)の削り跡が、訪れる者を昭和初期の空間へと引き戻します。
現在の天守は1933年(昭和8年)に建てられたもので、現存する木造再建天守としては日本最古の歴史を持ち、岐阜県の重要有形文化財に指定されています。明治維新後の廃城令によって1871年に石垣を残して取り壊された八幡城ですが、昭和恐慌の爪痕が残る中、「郷土のシンボルを復活させ、町に誇りを取り戻そう」と立ち上がった郡上八幡町(当時)の有志や地元大工集団の手によって再建が果たされました。
設計にあたっては、当時国宝に指定されていた大垣城天守(戦災で焼失)の実測図を参考に、名工と謳われた棟梁たちの伝統工法が結集されました。良質な地元のヒノキやスギをふんだんに使用し、釘を極力使わない伝統的な木組みで組み上げられた構造は、戦後の高度経済成長期に各地で量産されたコンクリート製模擬天守とは一線を画す風格を醸し出しています。
築後90年以上が経過した天守を守り継ぐため、耐震診断に基づいた補強工事や木部の保全塗装が施され、往時の美しさをそのままに安全性が担保されています。天守最上階からは、吉田川が天然の外堀となって城下町を抱え込む「魚の形をした城下町」の骨格が一望でき、山城としての卓越した縄張りを実感できます。