歌手として頂点を極めつつあった島倉千代子に、私生活での最初の転機が訪れたのは1963年のことでした。相手は、プロ野球・阪神タイガースの主砲として本塁打王と打点王を獲得し、リーグ優勝に貢献した大スター打者・藤本勝巳氏です。
国民的人気歌手と花形プロ野球選手という、現代で言えばトップ女優とメジャーリーガーの電撃婚に匹敵するビッグカップルの誕生は、日本中を大きく沸かせました。しかし、この華やかな婚姻生活は長くは続きませんでした。結婚当初から双方のファンや興行関係者、家族の思惑が複雑に絡み合い、二人の関係には次第に深い溝が生じていきます。
何よりも島倉を深く傷つけたのは、度重なる流産と子宝に恵まれなかった悲哀でした。彼女の手記によれば、藤本氏との間に授かった小さな命を複数回にわたって失っており、女性としての喪失感は計り知れないものでした(のちに水子を手厚く供養し続けたことは有名な事実です)。多忙によるすれ違いと家庭内の孤立が重なり、結婚からわずか5年後の1968年に正式に離婚。この破綻を契機に、彼女の人生は金銭トラブルという底知れぬ闇へと引きずり込まれていくことになります。