中尾彬さんを取り巻く家族構成は、昭和から平成の芸能史を象徴するドラマチックな変遷を辿っています。複雑に見える人間関係を時系列と血縁・婚姻関係で整理すると、それぞれの当事者が抱いていた自立心と節度が浮き彫りになります。
中尾彬さんと茅島成美さんは1970年に結婚しました。当時、劇団民藝出身の個性派として勢いのあった中尾さんと、若手女優として確かな演技力を見せていた茅島さんの婚姻は大きな注目を集め、同年に長男・学氏が誕生します。しかし、結婚生活は約5年で幕を閉じ、1975年に離婚が成立しました。離婚の直接的な背景には、役者としての多忙さに加え、中尾さんの豪放磊落なライフスタイルや価値観の相違があったと当時の芸能誌や後年の回想録で語られています。
長男の親権は母である茅島さんが持ち、慰謝料や養育費をめぐる泥沼の争いを演じることなく、茅島さんはシングルマザーとして女優業を全うしながら学氏を育て上げました。茅島さんは後年のトーク番組等で、子育て期を振り返り「親の事情で寂しい思いをさせないよう、仕事と家庭の両立に必死だった」と告白しており、母子の絆は極めて強固なものでした。
その後、中尾彬さんは1978年に女優・池波志乃さんと再婚を果たします。落語界の大名跡・十代目金原亭馬生を父に持ち、名優・古今亭志ん生を祖父に持つ名門出身の池波さんとは、13歳の年齢差を越えて深い敬意で結ばれました。世間では「なぜ池波志乃との間に子供がいないのか」という疑問が長年囁かれてきましたが、池波さん自身が過去の対談番組や手記で明かしたところによると、最初から子供を作らないと決めていたわけではなく、互いの役者人生を尊重し合い、夫婦ふたりきりの時間を最優先に重ねていった結果、自然とその形に落ち着いたというのが実態です。中尾さんが大病を患った際も、池波さんは献身的に看病を続け、二人は「運命共同体」と呼ぶにふさわしいパートナーシップを築き上げました。